影という光
琺瑯製のペンダントライトが、ぼくと妻が囲むダイニングテーブルに
オレンジ色のやわらかな光を落とす。
静かな夜の時間に、ぼくらのいる場所だけがぼんやり浮かび上がるその様子は、
なんだか離れ小島にいるみたいだな、といつも思う。
今日の晩酌は、ちょっと珍しい白のピノ・ノワール。
おつまみは、お気に入りのグローサリーストアで買ったチーズとピクルス、
そして最近ふたりで観に行った映画の話だ。
「あのヒロイン、すごく魅力的だったね」
「うん。同じ女性から見ても、ミステリアスで素敵だった。
人って影があるところに魅かれるのよね、なぜかしら」
影か。ふと手元に目をやると、ワイングラスから伸びる薄い影が
テーブルの木目に2つ、3つと重なり合うのが美しいことに気づいた。
ああ、見えなくするだけじゃない、うっすら見えるのも影なんだな。
「影って、ほんとうは光だからかもしれないね」
完全に思いつきだ。でも妻は興味深そうに、ぼくの話に耳を傾けてくれる。
「つまりね、影って単に黒い闇じゃないんだと思う。
光を完璧に遮ることって難しいでしょ。だから影にはいつも多少の光が混ざっていて、
ちらちら垣間見せたりする。それが想像力をかきたてるから、影は魅力的なのかもしれない」
「うんうん、その見方おもしろい」
ぼくらはもう何年も夫婦だけど、考え方はけっこう違う。
結婚当初は意見の食い違いから、ぶつかることも多かった。
こんなふうにゆっくりと好きな映画について語り合うようになったのは、
この家で、このあたたかな灯りの下で、晩酌をするようになってからだ。
「ちなみに、ぼくらの間にも、まだ隠された一面ってあるのかな」
「それはあるでしょ。あなたには言ったことないけど、
私おばあちゃんになるまでにやりたいことがたくさんあるんだから」
「え、初耳。たくさんって、どれくらい?」
「片手では足りないくらいかな」
妻はあれもこれも…、とつぶやきながら指折り数えている。
ん、ちょっと待って。その感じだと、両手でも足りなさそうに見えるなぁ。
「でも、今は教えないけどね」
「オーケー。そのほうがミステリアスで素敵です」